【思い通りにいかないのは当たり前】コントロールするのは「自分」。目の前の存在ではない。

おはようございます!

すっかり雪が融けてしまったニセコさんでございます。

が!

これを書いております9時20分現在では雪が降っております!

質は雨に近く、いわゆる「雨雪」でございますが、道路や車がうっすらと白くなっていく様はやはり「落ち着く」感がありまして、滑り手の皆様にとりましても同じ心境なのではないでしょうか。

さて、久しぶりのブログとなりましたが、今日は子育てにおける気づきといいますか、息子に教えてもらった「大切」であろうことを書いてみたいと思います。


少し前の話なんですけどね、息子とお風呂に入っていたんですよ。

嬉しそうにお猪口で麦茶を飲む息子(本文の内容とは全く関係ありません笑)

いつもであれば機嫌よく髪や身体を洗わせてくれるのですが、その日は何故か「イヤイヤ」が発動してしまい、なだめてもすかしても何ら効果なく、泡が所々に残ったまま「あそぶー!」の一点張りという状況があったんです。

僕もそれなりに経験してきておりますから、「こんなことで怒ってはいけない。行動をとがめるのではなく、やってほしい行動を伝えるのだ。」ということにフォーカスして言葉がけなどをしていたのですが、そこは「教科書に説明されている事例の子供ではなく実際に生きている」2歳児ですからその通りに動いてくれるわけはありませんよ。

「身体と髪を洗わせて」「ない!(嫌だの息子用語)」「キレイキレイにしようね」「ない!」の押し問答をかれこれ10分以上は続けたでしょうか。

その時、ふと自分の感情を俯瞰してみますと、そこにはイライラしている自分がいるではありませんか。

あれ?

大好きな息子にイライラしているぞ。

なんなら強引に洗ってしまおうとしている自分がいる。

力づくで従わせようとしているのか?

お前、それでいいのか?

子供は自然。

思い通りにいかないのが当たり前だろ?

息子の無邪気な顔を見ろ。

彼は確かにイヤイヤ期だけど、これは自立のための反抗であって健全な証拠だ。

それを「ここで言うことを聞かせなければわがままになる」と考えるのか、それとも彼の自主性の発達を重んじるのか、お前はどっちがいいんだ?

だろ?

彼の自主性を重んじて自尊心をはじめとした「個」というものを確立していく途上の彼の行動を認めないでどうする。

お前が今イライラしているのは、息子、つまり「お前の言うとおりに動かない相手」をコントロールしようとしている行為だからだよ。

それはつまり、自分の思い通りにならないことにイライラしているのであって、そこに息子の行動の是非は関係ない。

もうわかっただろ?

コントロールするのは相手ではない。

お前自身の感情だ。

という自問自答が脳内を駆け巡り、そこで漸く「わかった。そうだな。無理やり洗おうとしてごめんな。でもキレイキレイにしないとクサイクサイになるから、遊び終わったらキレイキレイしような」と笑うことができたんです。

これは何も息子に対してだけの話ではなく、付き合い一般といいますか、大人の世界でも通じるもがあるのかなと。

よく言われておりますが、やはり、相手を変えようとする労力よりも自分が変わっていった方が精神安定上も実際の利害という意味においても、数百倍もコスパが良いというのはどうやら本当のようでございます。

息子よ、まだまだ父親として「甘い」僕に、大切なことを教えてくれてありがとう\(^o^)/

今日も一緒に風呂入ろうな!

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